人間にとってITとは何かを考える理由

日増しに人間がITに関わる機会が増えている。

これは、仕事の話だけではない。

また、IT業界というとても狭い話でもない。

かつて、通信や移動手段の進化が人間の生活やビジネスのあり方を劇的に変えてきたように、ITもそういう分類としてはとても強力なる存在だ。


技術革新と連動して表現されることが多い科学技術。ここ百年の進化は驚くばかりだ。そしてこの流れはますます加速されていく。専門家ではなくても、すでに一般市民の目線でも疑う余地のないことだ。


私は仕事として約40年間、ITに何らかで関わってきた。自分が創業した会社の生業の源泉でもあり基盤でもあるが、それとは別の意味合いで、IT社会の進化は気にしている。


"人間にとって農業とは"という本を最近読んだ。産業としての農業という狭い経済メカニズムの中の話であるが、農と言うと人間の生活や営みそのものになる。そしてその起源は、縄文時代や弥生時代にさかのぼる。

つまり人間が農をいつどうやって始めたかという話だ。以来、人間は農や農業に関わってきた訳である。ほぼそれと当時に、人間は本格的に道具を使うようになった。狩猟民族時代、つまり旧石器時代から獲物を獲得するため、採ったものを砕くための道具は使っていた。

考えてみたら、人間はとても長い間、道具を使っている。


科学技術=道具ではないにしても、科学技術の発達を背景に、この道具が劇的な進化を遂げてきたと言える。そして今は道具の域を超えて、生活基盤や様々な生活の仕組みの構築につながっている。この道具は今風に言い換えればツールである。


近代のこのツールは、厄介なことに、人類を滅亡させるほどの武器にもなってしまった。このあたりに、科学技術の発展や進化の功罪が横たわっている。


ITもシンプルにいうと、これと似たようなものだ。私の口癖でもあるが、メリットはもちろんある一方でリスクが沢山ある。使い方を間違える、あるいは悪意をもって使えば、とてもリスクの高いツールである。


今、DXブームでITが更に使われていくことは間違いない。一方でリスク面から見たら、こんな分かりにくいツールは他にない。

通信と言われても電波は見えないので、ピンとこない部分はあるが、これが直接的に人類の営みに甚大なる深刻なる悪い影響を与えるようなものではない。


仮に自動車が空を飛ぼうが、ドローンがモノを運ぼうが、事故というリスクはあるが、ITが絡まなければ人類存続のリスクにはならない。


文明の利器は時代時代で常に存在する。石器時代の発見も文明の利器であっただろう。

だが、IT業界に半世紀近く関わってきて、本当にITは文明の利器と言えるのだろうか、私は常に懐疑的に仕事や活動をしてきた。


もちろん良いところだけ見れば、コロナ禍でもオンラインで介護施設にいる親と面会ができる。ECで頼めば、買い物難民の場所にもモノが届く。新興国の実情をその気になれば、情報統制の枠を超えて知ることもできる。


こんな恵まれた時代に生きているのも事実で、こういうメリットを本当の意味で人類の健全で豊かな営みに利用できれば最高である。 

一方で見えないところでリスクが高まっている。悪いことをする人は、ますます巧妙になるし、不要なものを売りつける商売が幾らでも巧みにできる。


また、アナログの世界で生きてきた人たちのストレスが増大する。そういう人たちにとって、デジタル社会が住みよいわけがない。そして、仮に今の若者がデジタル世代だったとしても、人間が人間である限り、いつかは人間らしい生活や活動を指向する。今は、周囲のデジタル環境に流されているかもしれないが、間違いなくどこかで目覚めるし気づくだろう。


ITは単なるツールとしての位置付けで良いのだが、やはり、人間はこのITツールを使う際のリテラシーは身に付ける必要がある。

それに加えてITが健全に使われていることを判別するスキルも大事なリテラシーの一つとして学ぶ必要がある。

第一歩として、こんな時代に私たちは生きているという認識が大切である。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇