日本人の人生は短距離走なのかと思える環境

人生100年時代はどこまで浸透しているのだろうかとふと思う。


もちろん、本当に日本人の平均寿命が100年になった時に、名実ともにこういう時代が来るかもしれないが、現実的には、やはり今も平均すると人生80年から90年ぐらいだろう。


私は、今、還暦手前の59歳。

この年になって思うことは、2つである。

あと、どれぐらいバリバリで活動できるだろうかという先のこと。

もう一つは、どうして若いときは、あんなに焦っていたのだろうかという過去のこと。


前者については正直、未知である。願望としては出来るだけ長くとは思うが、こればっかりは、心がけと努力は大切だとは思いながらも現実は分からない。実際、80過ぎてもお元気な方は身近にも多くいるが、私にはスーパーシニアに映るのである。


後者について今回は掘り下げてみたい。

私は、このブログでも近いことは書いたことがあるが、20代後半までのんびり生きていた。平均的な人よりもマイペースでノンビリだった。

受験勉強でも余裕があった訳ではないが、特段必死ではなかった。


大学時代は、別世界。

良かったと言えばよかったが、もっと出来たことがあったとは今でも思う。

それを一言で言うと、社会勉強だ。

これが全く不足したまま社会に入った。しばらくは、会社で働くことを通して、社会を少しだけ眺めることになる。それが私の20代だ。


何かの必然だとは思っているが、31歳で独立した。会社を始めたと言うよりも独立したかった。当然マイペースでと思っていた。だから、SOHOワーカースタイルでリサイクルビジネスを手掛けた。ビジネスというよりも、社会の問題を解決する方に最初から関心があった。


それが、創業してから生計を立てることに必死にしなっている間に、自分が競争の世界にいることに気づいた。

周囲は第三次ベンチャーブームで湧いていた。周囲からのアドバイスや誘いもあり、そこに乗りかけた。いわゆるベンチャーバブルである。渋谷ビットバレーの時代である。


単なるめぐりあわせだが、ITはやっていたが、この渋谷の動かきには縁がなかった。理由は簡単で神戸で活動していたからだ。もし東京で最初から活動していたら、今どうしていたか?思うことはあるが良いことにはなっていなかったと思う。


そんな30代だったが、今にして思うと、とにかく結果を出すことを意識の中心においていた。企業経営でいう結果とは業績である。それも飛躍的な業績向上である。そういうことを指向した訳ではないが。知らずにそういう世界でのたうち回った。

そんなことを10年、15年続けているうちに、50代になった。開き直ったわけではないが、若いころを振り返って、どうしてあんなに焦っていたのだろうと思うようになった。


色々と色々と考え続けてはいるが、やはり視野が狭かった。その時だけの結果を求めていた。そして何か社会貢献も含めて良いことをしようと思えば、時間がかかるということに気づき始めた。そうして会宝産業(株)の近藤典彦さんと出会った。


そこに一つの答えがあった。信念をもって創業から50年超。今や、世の中の羅針盤となるべき存在の方であり会社である。

時間軸と言うは、結局は、どういう尺度で視るかというのが大切だと思っている。


農業で考えても分かる。

農業は、どんなに焦ってもその野菜の成長スピードは変わらない。もちろんバイオテクノロジーで早くすることは出来るが、それは特例である。

相手は自然だ。

何かをするときに必要な適正年数というのは間違いなくある。


それが例えば、1000年必要なことであれば、自分の世代だけではできないから、そういうやり方をしないいけない。

仮に60年なら今は、自分一代でもなんとかできる。でも継承は別の話だ。10年で出来そうなことに取り組むのも根気は必要だ。そんな風に考えて、2、3年で出来ることに縛られるのが現代の会社経営なのだろうと気づいた。


実際に、3年で目が出ないものはやめるのが、大企業などの考え方だ。これでは目先の何かは出来ても未来に役立つものは創りようがない。

こんなことを考える日々の中で、自分の役割に徹していきたいと思う。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇