シンギュラリティは一体どこへ行ったのか?

数年前、ITの世界では、なんとかの予言のように騒がれていたことがある。

それは、シンギュラリティ


私の解釈はおおよそ、こうだ。

ITの進化のスピードは凄まじい。AIも含めて、このままITテクノロジーが進化し続けると、2045年ぐらいには、別世界に到達するぐらいの大変革が起る。


これは私のあくまでもイメージの解釈だが、

実際に、ウィキペディアで調べてみると、こんな感じた。


技術的特異点(ぎじゅつてきとくいてん、英語: technological singularity)、またはシンギュラリティ (singularity) と技術哲学・科学哲学・未来学などにおける人工知能(AI)の進歩の概念。人工知能自身の自己フィードバックで改良・高度化された技術や知能が、「人類に代わって文明の進歩の主役」になる時点を指す。ただし情報科学・情報工学・社会情報科学などでは、「第四次産業革命」という概念の方がより注目されている。


こういう予言めいたもの、世の中の予測と言うのは、人間はとても好きだ。言いたくなる人の気持ちも分からなくはない。健全なる気持ちで、世の中に警鐘を鳴らすことも大切だし、実際に古今東西どんな時代も、そういう役割の人は存在する。


一方で、商売目的であったり、扇動的なメディアの類がこういう情報を更に増幅させたりするのも事実である。

当然、信じるか信じないかはそれぞれの自由である。


今、このシンギュラリティがどうなったかとういうと、私なりの解釈は2つある。


一つは、すでに書籍やブログにも書いたことであるが、シンギュラリティを今更強調しなくても、すでに日本や世界では起こり続けている。


人間は今の環境に慣れてしまって、変化を忘れていく動物であると私は思っている。

例えば、30年前。スマホが登場して、これで支払いをして、重要な情報はほとんど全てこれでアクセス出来る。しかも写真や動画を撮って、これをSNSに投稿することが日常。

30年前からしても、すでにシンギュラリティは起こっているのである。


もっと言えば、江戸時代の人が今の空を見上げて、飛行機の存在を知ったら一体どう思うだろうか?飛脚が走っていた時代に、新幹線が登場するなど考えた人がいるだろうか?


ここ200年ぐらいの変化と進化は連続的に起こっている。ただ、それが加速度的になっているのは事実であり、このことが人間にとても大きな影響を及ぼしているのである。


人生100年時代が近づいているとはいえ、日本人の平均の人生は今は80年ぐらいだろう。

今、この長さの人生の間に、シンギュラリティ的なことが何度も起るということに人間が慣れるかどうかである。


例えば、今生まれた子供たちは、スマホで自動販売機のジュースを買うのが当たり前の時代だ。100円玉を入れて買うスタイルもあと少しで過去のものになるだろう。

顔認証で自動販売機も使えるようになる日も近い。このあたりまでは想像できる範囲だ。今の子供が成人になった時、一体、何が起こっているかは誰も想像できない。


私の年代で考えても、とんでもない変化の連続である。10年間通用したコミュニケーションのスタイルは一つもない。

私の場合は、固定電話から始まり、私が20代の時に登場したのが、ポケベル、そして、創業した時に、結構大きい携帯電話。そして、インターネット、スマホ、今はオンラインでのコミュニケーションが当たり前になった。 

 

これからの若者がオンラインを使うのは常識。これ以上の進化はあるのだろうかとも思う分野ではあるが、間違いなく、次のツールが登場するだろう。


便利をもとめて次から次へと進化していくのは良いが、人間が適応疲れを起こしている。

これがシンギュラリティの本質だと思う。

そういう意味では、人類が長い長い間、生活の基盤にしていたアナログの世界を追い求めるのは自然の流れだと私は確信する。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇