日本は本当に大丈夫なのか?それとも覚醒の寸前なのか?

会社経営をしていると、人並み以上に日本の今が気になる。

毎日のように、経営者や専門家の方々と色んな場面で情報交換したり議論はするが、やっぱり総じて、日本は大丈夫か?という心配が皆さん先に立つ。私も同じだ。

なかなか、この心境を説明することは難しいのだが、まず、誰でも知っている話からする。

茹でガエルとここ20年以上、国内でも海外からも揶揄されていた日本は今どうなったのか?

突然訪れた想定外のコロナ禍危機に、茹でガエルはびっくりして熱湯から飛び出したはずだった。ところが、まだ、ぬるま湯につかったままの国だと思う。

一言で言うと、危機は感じても、自ら先頭に立って変えよう、リスクテイクして未知にチャレンジしようという機運と言うか雰囲気はあまり感じることはない。未だに日本は評論家の国である。

誤解がないように言うと、改革派とのギャップが相当広がっている状態だ。

少なくとも、私のお付き合いしている方々は、最大のピンチは最大のチャンスなり。としてすでに行動を始めている。もちろん、私もその部類だと思っているが、そういう私達にしても正念場はこれからだ。どれだけ勇気をもって矢面に立って、改革や変革に挑戦できるかだ。

なぜ、ななかなか覚醒しないのか?

その理由は、幾つも考えられるが、やはり、恵まれ過ぎているのだと思う。

私自身も、世界の新興国を体験しつつ、そのギャップは痛感する。

今の日本人には、本能的に生きる力、生き抜く力が欠乏している。守られながら平和に生きた時代が長すぎて、少々の危機では覚醒しない。

私は、コロナ禍が始まった去年の4月に、日本人らしさを顧みるチャンスである。と思いつくままにブログに書いた。

結構、反響もいただいたが、あれからすでに1年近くになってきた。慣れと言うのは怖いもので、いまだに危機感と緊張感を持ち続ている一部の人を除いて、今の状態にも慣れてきた。

健康面や生活面では適応できている部分は確かにある。

一方で、テクノロジーやITの世界では、ビックチャンス到来とばかり、今までの経済メカニズムの延長の話で舞い上がっている。

日本人らしさを見直す絶好のチャンスがどこにいったのかという雰囲気になっている。

おりしも、株価が高騰している。一説には、出遅れた日本の株を外国の投資家が買っていると聞くが、それはそれで、やっぱり、日本は大丈夫かと思う。

つまり、私も新興国からの目線で思うが、とにかく、今の日本はおっとりしている。

今更、世界の列国と競い合うと言う意味ではない。

日本が世界にリーダーシップを発揮して、悪しき経済メカニズムを変革する、人の教育に対して責任を持つ、豊かに自然とともに醸成してきた日本感で世界に貢献する。

できることは幾らでもある。

経済で世界と伍す考えは優先順位を下げたらよいと私は思う。

少なくとも、米国や中国やインドなどの大国と伍すこことはもはや不可能だ。

これだけの人口差はいかんともしがたい。

それよりも、世界には日本より小さい国だらけである。こういう国に対して、例えば、日本は江戸時代の人口約4000万人に満たないぐらいのスケール感で、国の再構築をすればよいと思う。

そういう絶好のチャンスであるにも関わらず、やはり、指標としてGDPを拡大することばかりにかじを切る。どうして、それが、不可能とは言わないが、初めから負ける戦だと気づかないのだろうか?

恐らく人口ボーナスは日本には、あと100年は訪れることはない。

未だに、上り坂にいる感覚の企業や人が大半を占める経済の世界では、下り坂の経済メカニズムには気づかないのだと思う。

そういう意味でも、私が真剣に取り組んできた、会宝産業(株)の近藤典彦会長の推進される静脈産業の発展にこれからの経営人生をかけようと思う。

以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇