久しぶりにネクタイをしてみて想うこと

季節はすっかりクールビスになった。

いつの頃からだろうか、この季節に世間がネクタイをしなくなったのは。

確か、今東京都知事の小池氏が始めたように記憶している。


実は、コロナ禍以前、私はクールビスをしていなかった。

何か、世の中に逆行しようという意識ではなく、単純に、自分のスタイルを変えたくなかったからだ。このブログでも以前書いた記憶があるが、私は、海外でもそうしていた。

ベナトムでもアフリカでもネクタイをしていた。

行かれたことがある人はご存知のように、暑い国だ。つまり、年中日本の夏のような場所だ。


ビジネスの成熟度と重なって、ネクタイをする人は、政府系の人や特別な人しかいない。

そう考えると、日本はクールビズ以前は、ビジネスパーソン全員がネクタイをする、とても珍しい国だった訳である。


こんな場所で、四六時中ネクタイをしていると、色々と反応があった。

一つは、私は日本人の典型なタイプと思われたことである。要するに日本人の印象は、真面目でいつもちゃんとしている。また、礼儀正しい。もともとあった日本人に対する先入観と重なると、あっさり、近藤はこういう人なんだとレッテルを貼ってくれる。

まあ、それが正しいかどうかは、皆さんの想像にお任せしますが・・。


もう一つは、新興国の人達は、同じ日本人で他にネクタイをしている人がいないと分かると、近藤は一体何を考えているかという風に思われたことだ。

だから、常に、私は、仕事の時はどこの国でもネクタイをしています。

こんな感じで対応していたものだ。


実際、私がなぜ、ネクタイにこだわっていたかと言えば、会社を創業した30代前半。会社が食べていくために、必死で営業していた。それこそ、一心不乱。

今にしても思えば、若かったと思うが、心頭滅却すれば火もまた涼し・・こんなことを真剣に思いながら、真夏の灼熱の日でもスーツにネクタイで通していた。これはクールビス云々の随分前の話である。

そうすると、面白いもので、そういうスタイルが定着した。私の周りでの話だが・・。もっとも、モーレツ営業マンの時代は、当たり前のことだったと思うが、最近は、違ってきていた。

そういう延長で、新興国でもそうしていたわけである。東京で本格的にクールビスが始まった時は、流石に、新幹線の東京駅を降りたとたん、周囲の目が気になったものだ。そう。誰もネクタイをしていないのであるから自分が浮いて目立って当然なのであるが。


そこへコロナ禍が起った。

外出は極端に減った。私もオンラインはそれ以前からしていたが、一気にオンラインにシフトした。だんだんと、直接、人に会わなくなった。

ある日、ネクタイを止めてみた。

そして次の日も。

こんな風にしていて、数か月がたち、私自身も周囲の人も、近藤=ネクタイという印象が消えたように感じた。

そんな訳で、1年半近く、ネクタイはしていなかった。


先日、山形で大先輩が主催するセミナーと懇親会に講師として出席した。新興国ビジネスチャンスを掴む話だったが、ネクタイしてスピーチしたのだ。

ネクタイなしで出かけようと思ったが、年配の参加者を想定して、念のためネクタイはスーツケースに入れておいた。

会場に入った。ネタクイしている人も多かった。

雰囲気に合わせた。


だからどうのこうのではないが、これから世の中のクールビスに合わせていくか、以前の様なスタイルに戻すか。少々考え中である。

そんな中、ふと思った。

この2年間ネクタイを新調していない。ある意味、お金の節約でもあるが、せっかくのネクタイ選びの楽しみを失っていることにも気づいた。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

株式会社ブレインワークス 代表取締役 近藤昇