コロナ禍になって変わったことを人付き合いから考える

コロナ禍になって、そろそろ2年になる。

私は、このブログでも何度も書いてきたが、今は人類にとって絶好の学びの機会だと思っている。


ほぼ世界同時に発生した危機である。世界がつながっていると再認識できた。部分最適では解決できないことが分かった。

その中で先進国のエゴも見えた。日本人らしさも見つめなおした。日本が如何に恵まれているかもわかったはずだ。

やっぱり、こういう困難や災害が発生した時に大変なのは新興国であり発展途上国であると再認識もした。仮にそれが出来ていないとおかしい平和ボケ日本だ。


ちょっと思いつくだけでも沢山ある。書ききれないほど人間が学ぶ機会になったと思う。

100年、1000年後にも記録としても教訓としても継承していって欲しいと私は願っている。


また、今回をきっかけに過去に遡って、今までにあったことを振り返る機会にもなった。

大きな感染症は約100年サイクルで発生していること。ワクチン開発にしても治療薬にしても、人間は常に新たに研究開発することが出来るだろう時代に生きていることを実感もした。


実は、私はこのコロナ禍で人付き合いが大きく変わってきているのではと思っている。

それは一言で書けば、余計なお付き合いが減って来たことである。


私の場合は、会社経営をする立場で、仕事をしてきて30年近くになる。

ここ10年以上、"何をするかより誰とするか"の考えを社内外に発信してきて、この考えを伝えた上で、お付き合いを限定したいという意志表示はしてきたつもりだ。

これは馬が合うかどうかという感覚に近いが、ビジネスをしている以上必ずしもそうではない。


馬が合うだけだったら、世界でなくても日本だけでも沢山いると思う。

私の感覚では、老若男女の区別なく国籍も関係なく考えれば、10人に一人はいると思って生きている。単純計算すると世界で一億人は超えると思う。


まあ、そんな架空の話はさておいて、今、私がやっていることを一緒に実現出来そうな人。あるいは考えの合う人、価値観が共有できる人、一緒に勇気をもってチャレンジできる人。


こんな視点で見ていくと、100人に一人ぐらいになるのではないかと思う。

実際にはもっと多いかもしれないし少ないかもしれない。


コロナ禍前で考えると、そういう意中の人に巡り合うためにあれこれ活動していた。これは創業以来変わらないし、創業する前からもそうだったかもしれない。


コロナ禍になってからの約2年で振り返ると、本当に必要な人との接点が増えたことと、つながるスピードが速くなったと感じる。


実際に長い間、人と直接会うことが制約された。それは不自由でもあるが、実は違う見方をすれば、ただのお付き合いやなんとなくの流れで会っていた人、我慢して付き合っていた人、特段馬も合わないのに、たまたま集団が形成されていたのでそこに属していた人。


色々とあるが、今は余計な人付き合いを選別できる絶好機会ともとれるのではないかとも思う。

この大変な時に、色々なリスクを感じる時に、無理してでも会うとはどういうことなのか?

まさかの時の友が真の友。

私はこの言葉は結構好きで、実際にそうありたいと思って生きてきた。

いずれは日常に戻るかもしれないが、私は人づきあいと言うのは、本当に大事な人、つながるべき人とのつながりを優先することが大切だ。


コロナ禍以前はなかなか実現が難しかったことでも、実はとても大切だったということに改めて気づくことが増えてきた。人付き合いも似ている。

漠然とした付き合いが必然の付き合いに変わるとき、世の中は大きく変わるのではとワクワクしている。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇