緊張感を忘れたら人間には進歩はない

最近、微妙に緊張する感覚が蘇った。

なんのことはない、この1年半ずっと行ってきたオンラインセミナーでの話だ。 


理由は簡単で、たまたまスケジュールの関係で、1週間ぶりに話ししたからだ。

やっぱり、人間は慣れと緊張と言うのは相関にあると実感した。


仕事に慣れてくると、誰でもそうだと思うが緊張する機会は減ってくる。

もっとも、仕事以外で緊張するケースというのはここ30年ぐらいあまりない。

思い起こせば、若かりし頃の友人の結婚式のスピーチだったかもしれない。


人と比べてどうかというのは、結局いまだに結論が出ないが、子供の頃は自分は人よりも緊張する方だと思っていた。引っ込み思案だったので、人前に出ることがとても苦手だった。

そういう時代からすると、今、自分がしていることは青天の霹靂だが、今ぐらいの大人になってみると、結構私みたいなタイプは沢山いることが分かる。今社交的な人が昔引っ込み思案だったと言う人は私の周りにも沢山いる。


人前で仕事することですぐに浮かぶのがアーティストだ。

知り合いのアーティストもおっしゃる。

毎回、本番前は緊張する。

プロの領域になれば、舞台慣れすると緊張感は無くなるように思うのだが、真逆だそうだ。昔から、芸能界で有名な歌手がそのようなことを言っていたのを覚えている。コンサートなどで、本番寸前までガチガチになっていると。

見た目にはそうは思はないが、ベテランのプロでも緊張するんだと、結構な驚きだったのを今でも覚えている。


プロスポーツ選手でもそうだろう。一番印象的なのがWBCの日本代表の時のイチロー選手だ。

プレッシャーから大会が終わった後に胃潰瘍になったことは有名な話だ。


常々、緊張しない人はいないと私は思っている。

では、人間はどんな時に緊張するのだろうか?

少なくともいえることは、初めての取り組みや慣れない場面というのは緊張する。

また結果を出して当たり前の状態も緊張を生む。


やっぱり、ややネガティブに考えれば失敗したらどうしよう。上手くできるか。こんな感情は少なからず芽生える。

一方では順番では決してないのだが、これだけ準備してきたのだから絶対大丈夫。今までも似たようなことで結果は出してきた。自分のスキルは高い。こんなことも混ざりあいながら、本番までの微妙な時間が過ぎる。


私は心理学などにはとても興味があるが、人間がどうして緊張するかは掘り下げたことはない。だから、経験上のあてずっぽで書くと、一番は、冒頭で少し書いたが、慣れの問題だと思う。


それは結構視覚からくるものも大きいのではと思う。私も20数年前に、セミナーを本格的に始めたころに結構体験した。セミナーは、聴講者の人数によって緊張度は違う。初めてであれば、初めてのという状態で緊張すると思うが、そのうち数十人のセミナーにはすぐに慣れる。


ところがこれが数百人となると感覚が全然違う。更に、ホールのような舞台だと更に緊張感が高まる。ただやはり人間は慣れる。そのうち、そういう状態の違いにはすぐに慣れてしまう。


だから習うより慣れろというのはこういうことでも大切な事だと思う。

こういうのは体が覚えるという感覚なので、ブランクが空くとまたまた緊張感が蘇るから不思議である。

一方、オンラインも似たようなもので、視聴者が見えない緊張と言うのも最初は確かにある。だが、これはすぐに慣れてそのうち壁に向かってもしゃべれるようになる。


セミナーの話をさらに続けると、人数や環境などに慣れても、テーマによっての緊張がある。つまり、初めてのテーマであったり、有料セミナーであったり。やってみないと分からないという緊張感や成果をより求められる場面だ。


こういうケースは慣れではない。やはり、どれだけ準備万端にするかだと思う。それでも緊張はゼロにはならない。むしろ、万全に準備すればするほど、失敗できないと言うプレッシャーからも緊張はある。

なんとなく、仕事を楽観的に感じている今の私の年齢だからこそ、この先につながるような緊張感のある場面にもっともっとトライしようと思う。もしかしたら、それは、例えば、私が大衆の前で和琴を演奏する事なのかもしれない。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇