人が百人いれば百人様の意見や考えがある

誰かと何らかで話をしていて、相手との意見や考えの違いは誰しも気になると思う。


世の中には、常に例外があって、自分のこと100%で一方的な話しをする人もたまにいるが、こういう人は除く話である。


まずは、そもそも、誰かと意見や考えがピッタリの人がいるか?

答えは明らかだ。絶対にいない。

仕事の関係だけでなく、個人的な関係でもそういう話を聞いたことがない。


よく、瓜二つという表現が使われることがあるが、これは、見た目の話である。

この見た目の話でも、一卵性双生児の双子ぐらい似ていることはほぼない。


いきなり、余談になったが、見た目でそうなのだから、意見や考えがよく似た人はいても、全くおなじ人はいない。

では、人間関係として、違いがあるのと違いが少ない人では、どちらが自分にとって、望ましいかである。


実は、様々な研究家が解明しているが、人間が生きていく上では、本能的には、似た者同士が楽なのである。いつも一緒にいるとお互いに似て来ると実証されている。

流石に見た目は似てこないが、親友、夫婦、朋友、同志・・色々とある。また、学校のカラーや会社であれば社風なのである。

さらに言えば、起業であれば、組織的DNAという言われ方もある。ここまでいくと、何それ?と考える人もいるだろうが、何事にもシンプルに考える方が良い。

今のところ、私なりの理解ではこういう感じだ。


だから、人間は本能的に似ている傾向がある人に好んで会おうとするし、そういう人との出会いを求める。そして、実際に親密な関係になると、ますます似て来る。


意見や考えが食い違っている部分はあっても、お違いにそれをスルーするか、相手に合わせるか、感化されて同じ意見に近づくか・・だいたいこの辺りかと思う。


私は、ビジネスで考える時もプライベートで考える時も、同じ目線で人間の特性を考察する。

なぜかと言えば、素で生きているのはプライベート。仕事はある意味、演技が必要な世界であるからだ。


そういう中で、人間としては同じなので、本能的な人間の特徴を理解して把握して納得したうえで、ビジネスで演技する。こういう感じだ。


こう言うと、また誤解する人がいるといけないので補足すると、ビジネスは時として演じることが必要だと言う意味である。

プライベートでも嘘は方便というのがあるし、程度問題ではある。

私は演じる度合いは圧倒的にビジネスの方が多い。目的を考えたら誰でも分かることである。


企業には利害関係者というのがまわりにいる。そもそも意見や考えが合わないところから始まっているのである。

私も30年近く会社経営をしてきて思っていることは、できるだけ人間関係で苦労したくないので、“何をやるかより誰とやるか”を常に自分から連呼する。


さて、ではこの意見や考えが食い違う中で、どうするのが穏やかに過ごせるかである。


私の原則は、流すことである。要するに、違いの部分は流すことである。そして、共通点を見つけること。それをお互いの話の中心にすること。


意見の違いについては、その場で絶対に解決したい、スッキリしたいと言うのであれば、すればよいが、まず、良い結果にはならない。

仮にそうしたいのなら、じっくり、時間をかければよいのである。

ただこの時に大切なのは、絶対曲げられない自分の信念や生きざまに関しての違和感であれば、付き合う必要がない。永遠に相いれないのである。


私の経験上、なんとなく馬が合いそうだけど、しっくりこない。正反対の意見や考え方を持っている。こう感じたらその背景を考えてみると良い。


生まれ育ちの環境、経験、立場、そもそも論点、視点は何か?ああでもないこうでもないと考えていると、意見や考えの違いの背景や理由が見えてくる。

それに関しては、過去の事だから、違いをなくすことはできない。要するに田舎育ちの人は田舎には基本的には詳しい。都会育ちの人との郷土の会話になった時になかなか会話はかみ合わない。


だから、こういう時は話を聴くだけで良いと思っている。海外であればなおの事、こういう背景や経験の違いが明らかだ。


こんなことを考えながら、最近は、意見や考えがなぜ違うのかに焦点を当てて、人と接するようにしている今日この頃である。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇