ブログを500日書いてみて分かったこと

今回で、一昨年の6月14日から毎日投稿しだしたブログが500日になった。


実際、始めたころは、1か月だけ30日やってみようと、やや軽い気持ちだった。

反面、1か月でも大変だと思っていた。

だから、500回に到達して振り返ると、思えば遠くに来たもんだ。に近い感覚のようなものはある。


平均1500文字として、合計で約75万文字。

本にするとすれば、約10冊分だ。

私が、21年前に本の処女作を発刊して以来、十数冊の本を出してきたが、それに近い文章量を1年半で書いたことになる。


自分で言うのもなんだが、書くネタがなくなりそうな気分になったことは何度もあるが、考えてみたら書くことの視点を変えれば、幾らでもある。


要するに、仕事で日常起こっていることを書き出したら切なくある。そもそも、仕事以外のことや自分の昔のことを書いてみると、当たり前のようだがこれまた幾らでもある。


もっとも、そういう内容を読んで頂ける人がいるかどうは、微妙と言うか、結局、内容次第なのかとも思う。


さて、単純に500回を折り返し地点と考えてると、ゴールを1000回となる。

今までとこれからの目標と言うか、せっかく習慣化に近いものが出来たので、ゴールした時には、もっと、何かを会得していたいと思う。


何事もそうだが、毎日発信することを続けていると、それなりに会得できることがある。

その幾つかを記録しておきたいと思う。


まず、1500文字ぐらいの文章を書くことに関しては、書き始めたら、考えないで一気に書くのが大事だ。何をおいてもこれが一番重要だと思う。実際、ブログを書き始めたころには、文章の書き方のノウハウ本などを何冊か読み漁った。


こういう本にも強調されているが、書き始めたら考えないことである。まだまだ、私自身は進化の過程だと勝手に思っているが、やはり、話し言葉の即興性に勝るものは無い。誰でもそうだが、話しすることも場数と学びだと思うが、慣れてくると相当なスピードで浮かんだことを、話しできるようになる。


どうしても、文章だと、タイプするスピードは話し言葉よりもかなり遅い。では、話して自動変換を使えばよいではないかと、今どきの人は言うだろう。


しかし、このあたりの微妙なギャップは厄介だ。書くことは話し言葉よりは早くはないが、頭に自然に浮かんだことをタイプすることの価値は高い。(もちろん、アナログ的な手書きがベトスだとは思うが。)この妙なブレーキ感の中で浮かぶことは、話し言葉とはまた違うのである。


野球で言えば、話し言葉が直球で、書き言葉は、変化球かもしれない。

次に思うことは、やはり、書くための材料はしっかり普段から集めることである。


集めると言っても取材記事などではないので、単に書きたいと思ったこと、場合によってはブログのタイトルそのもの。あるいは、浮かんだテーマや単なるキーワード。

こういうのを書き留めておくことである。


私もこの1年半の中で、だいたい2か月に1回ぐらい、そういったメモを棚卸してワードで整理してきた。その資料自体がすでに20ページぐらいになってきた。実際に、そこに書かれている内容を全てブログにはできない。分量が多すぎるからだ。


いつか、このメモの記録を材料に本を一冊創ってみても良いかと思っている。こういうカオスから何が生まれるか、分からないワクワク感がある。

それが、ブログを書くことによって新たに生まれた考察やヒラメキという部分だと思うからだ。


あとは、書いてきて分かったこと、再認識したことを幾つか書く。


一つは、書きたいと思う瞬間にできるだけ書く。期限を設定して書くとやはりしんどい。浮かばないこともあるからだ。

メリットとしては、話する内容に深みが出ることである。

ブログに書いて、似たようなテーマで話しする。そして、次のブログで連想したことを書く。こんな感じを続けていると、良い循環が生まれてきたなと思う。

何事においても、文章で表現することは、ある程度の責任もあるし、やはり、学びが進化したように思う。的確な文章、日本語の意味などに関心を持つ機会が増えた。


最後に何よりも、習慣化というのが何よりも大切だと改めて実感している。

そんな感じで、今のところは、1000日まで到達しようと思っている。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇