花壇の花と自然の花

この2年、私の花に対しての関心が高まっている。その一番の理由は、コロナ禍で私が地元神戸界隈に滞在することが多くなったからである。


神戸三宮には、フラワーロードという大通りがある。名前の通り、沿道には様々な花壇があり四季折々の花が楽しめる。それが年々美しくなっていた。


実は去年の7月から、会社として神戸市が運営するスポンサー花壇に参加してきた。

人間とは不思議なもので、こういう活動をしているとより一層、スポンサーとして応援している花壇に愛着が芽生える。

いつも以上に、花壇を眺めるようになるし、何かと写真も撮るようになった。SNSにもかなりアップしてきた。


また最近は、日本の地方を巡ることも多く、街の再開発や新名所として知名度向上の企画などの話によく遭遇する。そんな時、私は決まって、花の活用を話題にしたり提案したりする。それだけ花は十分には活用されていないと思うからだ。


日本はもともと大自然に囲まれた国である。

自然の中に四季折々多様な花を見つけることが出来る。だから、都会でも花をもっと活用して欲しいと思うが、自治体によって様々だ。

現実は、花壇に力を入れている自治体は思いのほか少ないと思う。

もちろん、花壇のメンテナンスは結構手間がかかる。それはイコールコストであるから、税金を使って、こういうことに取り組むのは簡単なことではないのかもしれないが・・。


私は農家だったこともあり、もともと、子供の頃から花は好きだった。朝顔から始まり、庭先には沢山の花を植えて楽しんでいた。ダリアやパンジーなど、およそ種として売っているものは全部試したと思う。

また、自然に生息している花を押し花にしたり、切り花にしたりして遊んだものである。


不思議なもので、花壇の花を四六時中眺めていてると、それにつられるように身近で自然に生息している、野生の花にも関心が向いてくる。


そんな感覚で意識的に探すと、実際に、神戸のような都会でも、あっちこっちに、つつましやかに野生の花が咲いていたりする。


もちろん、田舎には、結構色々なところに野生の花があることに気づく。蓮華やコスモスや彼岸花。色々だ。


私は特に、春先の菜の花畑が大好きだ。日本中に拡がっている感はあるが、私は地元である吉野川の河川敷一面に咲く菜の花畑が気に入っている。できるだけ毎年眺めに出かけることにしている。


今や日本には、人工的な花を楽しむ場所がある。

それは観光地やテーマパークだ。

フラワーパーク、花桟敷、色々な名称があるが、広大なる農地や森林の合間に、花を活用した鑑賞スポットが増えてきたことに気づく。


私が身近なところでは、淡路島の南あわじ市のイングランドの丘、淡路市の花桟敷、三田市のフルーツフラワーパークなどがある。


そもそも、花は人間を楽しませてくれるために生息している訳ではない。私が知る限りでは、種の保存のために、ミツバチや他の生物に受粉してもらうためだと思っている。


人間とは不思議なもので、それを観賞用として活用したり、花の品種改良をして自分たちが楽しんだりするためにビジネスにもなっている。


国内外問わず、花が栽培されている農園にはよく訪れる。日本は、世界から輸入されている花の多いことにも驚きだ。

単純に考えれば、そこまでのビジネスの仕組みにしてしまったことも改善しないといけないと思う。理由は、輸送コストは環境の負荷でもあるからだ。


そろそろ、身近なちょっとした自然に咲く花で満足する生活も大切なのではないかと思う今日この頃である。


以上