情報は共有するのではなく醸成する時代へ

情報を制する者はビジネスを制する。

この言い回しが当たり前だと思っていた時代があった。

20世紀の終わりから21世紀にかけて、IT化がビジネス社会を変えつつあった。

同時に、情報が経営の重要な武器になった。

経営情報と私は表現してきたが、顧客情報、コンペティター情報、人事情報、技術情報、クレーム情報など、経営戦略の立案や経営判断に不可欠な情報は増える一方だった。


必然的に21世紀は情報の共有化が企業経営の上位の課題となった。

IT業界では、メールの上位の機能を持つグループウェアが一気に普及した。

そして、スケジュール共有から始まって、様々なストック情報の蓄積が加速した。


情報共有とは、情報を保有する、あるいは情報を管理する責任者が、共有するべき相手を決めて、その情報をグルーブウェアなどを通じて、共有することだ。もちろん、目的は活用することであるので、共有が目的ではない。

メールのCC機能もりっぱな情報共有ツールと言える。21世紀初頭は、ある程度、企業での情報共有は機能していた時期は確かにあったと思う。


実は、私の会社では、企業の情報共有化の仕組み作りや業務改善、関連する社員教育などの仕事を事業の柱にしていた時期がある。

私が処女作“だから中小企業のIT化は失敗する”に続いて、“これで中小企業の情報共有化は成功する”を上梓したことも重なって、情報共有化、IT化の仕事が次々と舞い込んだ。


あわせて、全国の商工会議所などからの講演依頼、日経BP社からのビジネス雑誌への連載など、慌ただしい中で、中小企業の現場にどっぷりはまっていた。今振り返ると、懐かしくもあり、充実した日々だったと思う。


 この時期、書籍にも掲載したが、情報共有化のプロセスとして、収集、共有、活用と定義していて、やがて、喧々諤々を経て、醸成が加わった。つまり、収集、共有、醸成、活用と進化した。


しかし、今から振り返ると、この醸成というプロセスに関しては、仮説であって、自社の経営でも顧客の企業でも実践している実感はなかった。

今にして思えば、醸成が必要なほど、中小企業では情報を有効活用する段階には至っていなかったのと、まだ、世の中の情報が不十分であったと考えている。


私は、中小企業の経営者から情報共有化の次には何があるのですか?と聞かれた時に、それは情報共有化です。と答えたことがある。つまり、情報共有化の目的は情報共有化ですと言う意味だ。

まったく、煙に巻くような話に聞こえると思うが、20年前、感覚的には私は本当にそう思った。

それから10年ぐらいして、自社の経営で自問自答し続けたが、どうも間違いだったことに気づいた。


この数年、情報活用に関して大きな変化を感じるようになった。情報の共有では追いつかないほど情報が溢れてきたのである。


私の会社が主に情報を扱う仕事であるということも要因ではあるのだが、世間では急速に情報が溢れ出したのである。

この状態を私の昔の定義に当てはめると、情報の収集をするための情報の入手方法が多岐に渡り、しかもグローバルになってきたことが一番の要因であると思う。つまり、収集する気になれば、経営に必要な情報はあらゆるところに転がっているとも言えるのである。


こういう状況下で、社内の情報共有化を考えたときに、情報の責任者がいて、それをしかるべき人に共有するということだけでは不十分だしタイムリー性にも欠ける。

まして、あふれる有益な情報を誰かが意図的に必要とする人に届けるというのは不可能に近づいていると私は日々実感して来た。


だからこそ、この醸成というのが大きな意味を持つ。

情報をプールする場所(IT用語でいえば、データベース。大袈裟にいえばビックデータ。)を用意して、そこに蓄積された情報が醸成するように触発する。

共有ではなく醸成。

醸成された情報を必要な人が能動的に取りに行き、それを活用する。成功も失敗も含めて、その結果生まれた情報をまたプールする。そして、醸成する。こういう循環によって会社経営に必要な経営情報を醸成し活用する。


こういう風に考えると、今私が定義する情報活用のプロセスは収集、醸成、活用であり、共有という言葉は存在しないのかもしれない。存在したとしても、ストック情報の共有ではなくフロー情報の共有だと考える。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇