オンラインで感性が伝わるかどうかを気にし過ぎる日本人

沢山の人がオンラインで、何かをするようになった。

ある意味、カオスの状態が世界中に生まれた。


人と人は直接会って、付き合いが始まり親交を深め信頼構築をする。今までの人間は、この直接的な触れ合いの中で、一般の生活も旅行も習い事もビジネスもしてきた。 

ある意味、人類誕生以来たった1年少し前まではそうだった。

それが、コロナ禍で激変した。


もちろんのビジネスの世界では、20年近く前から、オンラインは、一部の大手企業では当たり前だった。


一般の人も、例えば、スカイプが出てきたころから変わってきた。

出張先や単身赴任先から、お父さんがスカイプで子供と顔を見ながら会話する。そして癒される。こういう微笑ましい使い方から始まった。もちろん、恋人同士でもそうだ。

こういう利用シーンが先行してオンラインが大衆化していった。

なんとも良好な使い方ではないだろうか。


今、ビジネスの世界という限れた特殊な世界で、オンラインで感性が伝わるかどうかの議論が多い。概ね、議論したがる人の結論は、オンラインでは感性は伝わらない派が多い。だから、直接会わないとね。という意見だ。


私はこういう極端な意見はあまり好きではない。なぜなら、先ほど書いたように、今は混沌としている。誰がいつどこで、オンラインを使いだすかもわからない。どんな活用シーンが生まれるか分からない。


確かに日本国内だけで見ると、せいぜいできることは想像の範囲だが、やはり地球は広い。アフリカのサバンナやアマゾンの奥地で何ができるかなど想像できない。その答えは、そこの生活者だけが知っている。


だから、日本人が日本の狭い、しかもビジネスの利用シーンだけで感性が伝わるかどうかの議論も心許ない話だ。


そもそも感性とは何かである。

感じる力でもあるが、人それぞれだ。画一的な事でも標準形がある訳でもない。


単身赴任のお父さんの事例のように、オンラインでしか実現できないこと、つまり、単身先から、自分の子供の顔をライブで見ながら話をする。これだけで感動だろうし、私の子供が小さいときに、そういう環境があれば間違いなく使っている。親とはそういうものだ。

 

ここに感性が伝わるかどうかの議論は存在しない。まして五感がどうのこうのではない。

つまり、オンラインであろうと直接であろうと、親の子供に対する愛情に勝る感性はないと思う。

これと同じような事例が、世の中には沢山ある。


例えば、今コロナ禍で、高齢者の施設では面会は出来ない。だからオンライン面会が増えてきた。本当の意味で、遠隔地からできるところはまだ少なく、大抵がその施設の特別室から、オンラインで面会する。この短期間で、設備的な準備や個人情報の保護などを考えると、これが現実的なものかもしれない。


こういうケースは今、他の分野でも沢山増えている。直接会うことが一番である。しかし、単身赴任のケースも今の高齢者の施設にしても、できない時にどう使うかがある意味、オンラインのメリットであろう。

下地があれば、

オンラインで感性は伝わる

のである。


最後に、ビジネスの世界がどうなるかであるが、私は、いちおうITにもどっぷりつかってきたので、こう考えている。


これからは世界中でオンラインが使われるようになる。物理的に会えない。現実的に会う労力が大きい。コスト面でも不可能だ。こういうことの解決に人類がオンラインを使うために発明したと考えたい。  


そうすると、ビジネス的な視点で考えてもオンラインビジネスの奥は深い。一方で、ビジネスは直接会わないと始まらないと思っている人は、時代の変化に適応できないと思っている。


これからは、きっかけや始まりは、オンラインでも何でもよい。

そういう環境を人間が使い始めた。

私は、ビジネスでもプライベートでも、いつかどこかでその相手の人とは、直接飲むかワーケーションをすればよいとても思う。タイミングだけの問題であり、順番は関係ない。


後は、オンラインで簡潔に済ませればよい。もちろん、声だけでも良い。そうすると、電話が一番だった思う時が来ると思う。ビジネスのオンライン活用の用途はそういう意味では、とても狭い。

やはり、オンラインは世界がつながり健全な社会の構築と発展に寄与する科学技術だと思う。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇