NATOを脱却して、日本の変革は劇的に進むか

NATOとは、長年に渡って、アジアの新興国の人達が感じてきた日本の経営者に対する評価だ。

No Action Talking Onlyの略だ。


新興国ビジネスを、なかなか始めない日本人を揶揄して使うことが多いが、やはり、本音は日本は新しいことにチャレンジしない国と言うのが、アフリカでも一致した見方である。


コロナ禍を経験して世界は大きく変わりだした。

国内だけ見ていると、それほど感じないが、世界と比べると、日本は変化という意味で確実に出遅れている。


新興国ヘの進出というチャレンジングなテーマだけでなく、このままだと日本全体が変化を避ける、変革が遅々として進まないNATOな国になるような危機感が私にはある。


今回は、その足かせの一つについて書こうと思う。それは、債務保証と言う制度による経営者の委縮とビジネス社会のマンネリ感だ。


日本で会社を経営する責任者になると、何かと保証がつきまとう。

金融機関からの借り入れ保障については、私も何度かブログや書籍にも書いているが、他の先進国に比べて、制度改革が遅れている。日本は未だに、無担保無保証の借り入れはほぼ出来ない。


何年経っても、代表取締役の債務保証は、無くなりそうに思わない。私も約28年間、実印を押印し直筆のサインを何度したことか。


もちろん、借り入れをした以上は、返す義務と責任がある。だからと言って、代表取締役の連帯保証をとる必要があるのか?と私は創業時から思っている。ただ、昔に比べると改善の兆しはあり、第三者の連帯保証はなくなってきている。


実は、一般の人が知らない連帯保証は他にも幾らでもある。

一つは、リースだ。コピー機やそういう類のものは、一般的にはリースにする会社が多い。このリースも代表取締役の連帯保証付きだ。

あと、オフィスの賃貸もそうだ。オフィスの契約書にサインすると分かるが、これも連帯保証である。他にも色々ある。


もちろん、経営者でなくても個人で何か借りる時、だれが責任を持つかはとても重要である。家のローンや車のローンで、生計を立てている前提で、当然、世帯主が責任を取ることになる。だから、責任を取るということは否定する気もない。


中小企業の経営者をしてみると、色々なものに連帯保証のサインを要求されることが分かる。ただ、普段はそういうことはあまり意識しない。やはり、経営者として常に頭を離れないのは金額的にも大きい金融機関からの借り入れだろう。

リスクテイクという言葉がある。

チャンスを掴むため、ある程度のリスクは前提で、果敢にことに望むこと。という意味合いだ。

日本は今、リスクテイクできない国と世界から揶揄されている。ここでもNATOだ。


戦後復興時は、リスクだらけの環境で、良い意味でなりふり構わず、がむしゃらにチャレンジしたはずだ。


少なくともその時代を知っている人に聞くと、これは紛れもない事実だ。その当時は未熟さも重なって、失敗だらけだったはずだ。


その時に債務保証や連帯保証があったのだろうか?これは、私は調べていないので、何とも言えないが、少なくとも失敗だらけの時代は、決まったやり方、安定路線などなく混沌としていたと思う。


この混沌とした状態がイノベーションを生むと考える人も多い。私も同じ考えだが、日本の今にはそれを感じない。一方で、新興国はどこの国に行っても混沌がある。


結局今の日本は、混沌から安定成長になっていった高度経済成長期あたりから、守ることに比重が置かれてきたのだと思う。


何から何まで、代表取締役の保証を必要とするビジネスの社会。これぞ守りの典型でないだろうか?

攻めてこそ守りも生きる。

戦後であろうと高度経済成長期であろうと今であろうと、時代関係なく活躍する人はいる。本当に世の中を果敢に革新しようと言うならば、もっと挑戦を後押しする仕組みが必要だ。仮に失敗しても何度でもチャレンジ出来る社会が望ましい。


昔こうだったから、今までこうだったからといったマンネリと惰性ともいえる悪い商習慣が日本には山もりだ。すぐに変えなくても、今は別段支障はない。しかし、少しずつ、日本人の挑戦する意欲をそいでいるのは間違いがない。


オフィスを借りる際に、代表取締役の保証を取る時代ではないと思う。テレワークになって、シェアオフィスが当たり前の時代に向かっている。時代の変化に合わせて、こういう制度も変化しないと日本は変われないと思う。

以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇