プロスポーツの世界にもITが益々浸透する時代
23歳にして、これでメジャー大会4回目の優勝である。日本人の優勝は、日本にとってもとても嬉しい結果だ。
私はもともと、スポーツをするのも観るのも大好きだ。実際、大学生の時にミーハー的発想で、体育の授業ではテニスを選択した。だからテニスの面白みは多少分かる。結構好きなスポーツの一つだ。
私はあれ以来テニスはしていないが、テニスが愛着があるだけに、大坂なおみ選手の優勝には、余計に嬉しさが倍増する。
その一方で、錦織選手は故障上がりもあって、最近は、パッとしない。数年前の全米オープン決勝の再現をファンとして応援している。
勝手なものでひいきの選手が早々と敗退すると、関心が薄れる。
そんな中、面白い記事を日経新聞のスポーツ欄で見かけた。
見出しにはこうある。
“自動線審 in か outか”
この見出しだけで、記事の内容が想像できる人は、ITリテラシーが備わっていると言えるかもしれない。もっとも、それは知識と言う部分ではあるが。
内容は、想像通りだが、一番影響が受ける選手の視点で記事は書かれている。
自動線審で満足か不満か?
信頼できるか?不安が募るか?
私が勝手にまとめるとこんな感じだ。
今、プロスポーツの世界では、IT活用は当たり前になりつつある。
野球でもサッカーでも。最近は自己申告のスポーツのゴルフまでが、映像を活用するかどうかの議論もあるようだ。
こういうスポーツの世界でのIT活用は、大きく3つあると思う。
一つが、こういう本番での微妙な判定にITを使う。これは、概ね“人間の目”の代わりだ。
投手のスピードや球の回転数はいうまでもなく、打球の回転数、速度などまで計測して記録している。理由は分からなくはないが、ここまで精密に分析データを取られると、生身の人間感覚が薄れるのではないか?余計な心配もしたくなる。
さて、今日の本題に戻すが、結局、自動線審の問題は、次の2つの問題提起につながっていく。
一つは、そもそも、完全な審判を選手や観客が期待しているのか?という事に尽きる。
そう考えると、第三者的に判断する審判にも少々のミスもある。人間だから。こういう組み合わせがまた、勝負のあやの妙ではないのか。もっと言えば人生そのものではないのか?ということだ。
これはスポーツの世界に限らず、ITやAI君を生み出してしまった人間に永遠につきまとう問いかけでもある。と私は思っている。
それと、もう一つの問題提起は、本当に自動審判は正しいのか?ということである。
一つめと重ねると、とても問題は複雑になる。
それと、こういうことを想定すると、結局は機械の間違いより人間の間違いが許容できる。というよりも、それが自然だ。
お互いに間違えることがあるよね。
以上
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