四国出身者としての立場と想い

20年ほど前から徐々に、北海道や東北との縁ができてきた。もっともそれは、仕事がメインである。

私は、国内を観光で巡ることはあまりしないので、特に、一時期まで東日本とは無縁だった。それが、仕事を通してだんだんと東日本に馴染んでくると、あることに気づいたのである。

私の東日本デビューは、セミナー講師が基点になった。だから、ITの話をするにしても、ベトナムの話をするにしても、自分が徳島の出身であることから話をするようにした。

理由は単純で、自分は東日本では全くのよそ者で、お人柄感が分からなった。つかみとしては、自分が西日本の中でも、知名度が低い徳島出身であると話しすることによって、田舎同士の親近感が湧くのでは・・こんな感覚もあった。

常に、四国の・・徳島ですと説明を加えた。なぜなら、徳島がどこにあるかを知らない人がとても多かったからだ。

そのうち四国4県を正確に並べられますか?と聞くことを思いついた。これは、今でも、私の定番ジョークの一つでもある。セミナーの聴講者の反応を見るのも面白いが、実際知り合いになった東日本の人に直接訪ねても、皆さん四国については、不正確な人が多い。


実は、これは反対もしかりなのである。私は今でこそ、東北の各県の位置関係などは正確にわかってるが、馴染みがなかったころは、正直、県名は知っていても位置関係は分かっていなかった。


狭い日本、そんなに急いでどこいくの・・

こんなCMのフレーズがあったような気がする。

よっぽどの人でない限り、日本の47都道府県の位置関係を全て正確に知っている人は、あまりいないと想像する。


まあ、いずれにしても、四国は経済においても観光地としても、メジャーではない。特に、私の出身の徳島は、観光地としては都道府県ランキングではとても下の方だ。正直、残念な気持ちと仕方がないなぁという気持ちが交錯している感じである。

四国は、今は、幾つかの橋で本州につながっている。しかし、私が子供の頃は、正真正銘の島だった。本州へはフェリーで。多分、飛行機はあったかもしれないが、普通の人は、フェリーだった。


小学校の高学年の時、修学旅行で、京都奈良への旅程で関西に出かけることになった。

その時のジョーク混じりの教頭先生の話しがいまでも脳裏に焼き付いている。

海外旅行に行くからな。楽しみにしようね。と。

その当時の私たちは、本気でそう思っていた。


実はいまでも、その感覚はある。それを言い出したら、本州も北海道も九州も島だと言う人もいる。しかし、それは四国を知らない人が言う事だ。四国のサイズ感。本当に住んでいたら、島であるという感覚がある。これは今でも変わらない。


ベトナムで私がビジネスをするようになって10年ぐらいした頃、シンガポールでおいしいジャパンというイベントが開催されていた。

私もある年参加した。日本の色々な都道府県が、おらが物産を展示する。

そこには、ちゃんと四国4県が一つになったブースがあった。私の感覚に近かった。四国4県が、海外から観光客誘致するにしても、地域の物産を海外展開するにしても、4県バラバラでしていては、パワーは1/4どころかもっと減衰すると思う。


ひところ、日本を道州制にという議論が盛り上がった時期があった。私は、四国県人としては大歓迎だったが、実現しそうにない。

そんな中、10年以上前からご縁がある都築冨士男さんが、「四国応援隊」の活動をされていて、私も微力ながら関わることになった。

四国が変わるきっかけになるように、貢献できたらと思っている。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

株式会社ブレインワークス 代表取締役 近藤昇