即決もあれば考えすぎることもある

待てば海路の日和あり。


ときどき、気になる言葉だ。

何かの困難に遭遇した時、なかなか考えがまとまらない時、物事を決めるのに躊躇がある時。人間はとかく何事も、即決即断という訳にはいかない。

もともと、航海をしていて嵐に遭遇しても、時にはじっとして我慢をしていると、晴れる日がやってくるというニュアンスだ。

実は、私は、こんな心持で日々の重い仕事や迷いが出る判断の時を過ごすことがある。


そもそも、即決できることは、先延ばししても結論は変わらないと思っている。何かを決める必要のあるタイミングで、それまで、充分考察されていて十分準備ができていれば、そもそも迷う必要はない。答えは一つだ。

ただ、メンタル的なものは影響する。要するに、選択した結果に対して、後悔するタイプだとそうなる。

簡単に言えば、AとBを選択するのに、どちらの選択も甲乙つけがたいということはたまにある。私は、こんな時は、どっちでもよいと思っている。それこそ、ジャンケンで決めても良いぐらいだ。実際に、迷っている人に対して、こういう風にアドバイスというか、余計なお世話をしてしまうことも結構ある。


私は、話のネタとして使うのだが、どうも、フィーリングが合わないと、相手の人は、余計迷いが生じるようだ。

また、AとBの選択で、第三者の意見を聞いてみるということもある。多数決という訳ではないが、一番信頼している人には私も結構影響を受けやすい。


もう一つが、先送りだろうか?

いますぐ決めなくてもよいことで、少し待っていれば、思わぬ解決策がひらめくことがある。これは、解決策そのものがひらめくという単純な事もあれば、解決したいことを取り巻く環境が変わることもある。

概ね好転するということに意味があるが、思わぬ援軍が登場したり、懸案事項が幾つかあったことが、勝手に解決したり、またまた、新しい情報が飛び込んできたり。

究極は、その事象を解決するのに最適な救世主が現れたりすることもある。こんなことがあると、待つことも大事だな。慌てて動かないことも大事だな。と痛感する訳である。


人間は、とかく考えすぎる動物であると私は思っている。私は、世間からは即断即決型に見られることも多いが、必ずしもそうではない。特に、プライベートではそうだ。もともと、優柔不断がベースなので、さっさと決めればよいことでも先送りすることは多い。

ただ、そもそも優柔不断でない人間はいないのではと思っている。何かの分野や特定のテーマについて即断即決できる人でも、苦手な分野や利害関係が複雑になってくると、そうそう考えがまとまるものでもない。

そうなってくると、悩むということとどう違うのかということになったりする。悩むと言うと、精神的に弱いとか、不健康のようなネガティブな印象がついてまわるが、私は、人間は悩んでこそ成長すると思う。


考えると悩むはそういう意味では、とても関連性が深いと思っているし、悩む時はとことん悩む=徹底的に考えることになっていくのではないだろうか。

こんなことを繰り返しながら、ある時は、じっと待つ。そうすると、待てば海路の日和ありがやってくる。まったく、何もしなくてただひたすらに待つということも時には必要かもしれないが、待っている間にもああでもないこうでもないと考えながら、何かの行動をする。


そうすると、それが思わぬ解決策のきっかけになったりする。実際、こういう事が何度も起ると、これからも何が起こるか分からないと思う。


以上

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株式会社ブレインワークス 代表取締役 近藤昇