多文化共生のつぎに来るものは・・・

私は宇宙人です。

こんなことを言う人は、冗談好きな人以外まずいない。

では、私は地球人です。は、どうだろうか。

一昔前、と言っても10年ぐらい前だったら、ちょっと変な事を言う人か?と思われたかもしれない。

ところが、今どうだろうか?

もうしばらくするとどうだろうか?

私は地球人であり日本人です。私は地球人でありネパール人です。こんな会話が当たり前になるかもしれないと最近思う。

背景には色々とあるが、日増しに私たち日本人に限らず、地球と言う感覚を意識しているのではないだろうか。

環境問題しかり、SNSで情報にアクセスが出来、ネットで世界がつながっていることもそうだし、私たちの生活環境はすでに地球全体を意識した生活やビジネス活動になっている。

言い方を変えれば、それが分かって来たとも言える。

例えば、随分前から、日本人の食は世界中から輸入されている。フードマイレージが突出して高い日本は、それだけ世界のあちこちから、原材料や食を輸入してきた。例えば、西アフリカからのタコ、コーヒーなどは世界中からだ。

今までは、私たちは、あまりそういうことを意識してこなかったこともあるし、実際に、そういうモノの動きも見えていなかった。


このコロナ禍で、一気に、世界中のつながりが見えてきた。オンライン活用も加速度的に拡がった。世界がここまでつながって関係しあっているとは知らなかった。

もちろん、日本人にしてもベトナム人にしても程度差はあれ、愛国心を持ち、自分の国を大切にして、第一優先で考えるのは自然の姿だ。

徳島出身の私が徳島を大切に思い、その関係する仲間との活動を楽しみにしているのと一緒だと思う。


ところが、今までの日本は、ちょっと変わっていた。それは外国人に対する意識が、他の世界のどの国よりも排他的だったのではないだろうか。江戸時代の鎖国時代だったらいざ知らず、外国人の受け入れに対しても日本は寛容ではない。

もう数年以上前から、移民国家になるやならないの議論も喧しい。そんな中で、地方自治体が音頭を取って、多文化共生を推進している。


そもそも、多文化共生とは何かである。

国の違い=文化の違いという感覚であろうことは、推論でも分かる。

確かに、国の単位や民族の単位が文化の違いに関連性は高い。日本は際立って、日本の文化というのが深い。島国であるという地政学的な要因と、日本が古くから、概ね単一民族に近いと言われている中で、2000年以上の歴史の中で醸成してきたものは、専門家であっても、全容を把握し伝承することは不可能だと思う。


それぐらい、日本には長い歴史と独特の文化がある。だから、外国人に対して寛容ではないという理屈も成り立つとは思う。


一方で、日本人も世界中のあちこちで生活し活躍している人がいる。

地球人として、住まいは地球上のどこでも一緒でしょ。という感覚だろう。私は、その方々の域には到達しようがない生活だが、それでも新興国や発展途上国を色々と巡って、人と出会って来た。


日本人にとっては、まだアフリカは珍しいだろうが、ほとんどの日本人がアフリカに対して先入観を持っている。私が7年前に初めてウガンダを訪問して感じたことは、昔の東南アジアに似ている。環境や生活様式がそっくりだったのだ。


私は、どこに行っても、誰とあっても、違いよりも共通点を見るようにしている。

もっと言えば、今の人間は全員がホモサピエンスから進化している。だから、同じ地球人なのである。そういう感覚で行くと、ルワンダとネパールの違いは、徳島と山形ぐらいの違いなのである。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

株式会社ブレインワークス 代表取締役 近藤昇