改めて在宅勤務がどうなっていくかを考える

先日、NTTが全社員在宅勤務のニュースが流れた。私の周りでも結構話題だ。

もともと、コロナ禍の中、在宅勤務を積極的に推進してきた企業も少なからずあったが、このNTTのニュースのインパクトは大きい。

規模もそうだが、NTTと言えば、通信の基幹をなす産業の中心にある企業だけに、影響を受ける企業は多いだろう。


このブログでも書いてきたが、幾ら在宅勤務と言っても、流石に、現場での仕事、接客、人へのサービスなどを担う仕事は関係のない話だ。もちろん、運送や第一次産業なども関係がない。

どうしても、こういうニュースが流れると、世の中全体の話のように思えるが、働く人の総数の何%を占めるか考えてみた。


在宅勤務は、そもそも、テレワークの一部なので、そうすると、オフィスで働いていた人が、オフィスの外で働く。私も以前の拙著で、これをオフィス外勤務と定義した。


この部分は、今の在宅勤務やテレワークの議論のど真ん中にある。理屈上は、こういう仕事は、どこにいてもできる。すでに、メタバース上にオフィスを創る会社も登場している。

もう一つ、テレワークにできそうな仕事は結構ある。営業や教育である。こういう仕事は、いままでは、基本的には対面でするものとしてきた。ところが、考えようと言うか、生産性を考えても、コストの面を考えても、オンラインでかなり代替えできる。


例えば、営業については、そもそも、経済活動で営業がないと成立しないのかというゼロから考えていくと、今の営業のやり方が最適解とはとても思えない。

企業も個人も必要なものは買う訳で、そうすると、健全な情報が入手出来て、購入する手段が充実していれば、代替えは幾らでも出来る。


教育はどうか。教育は、教える側と教えられる側の立場がある。概ね社員教育ということになるが、日本のような学歴社会で特徴的な予備校や塾などもある。いずれも、オンラインでできる。


ただ、ここに議論が生まれる。直接、講師と生徒が対面しないと、成果が上がらない。本当にそうだろうか。例えば、2時間予備校で授業を受ける。その場所に行くのにプラス2時間かかるとして。オンラインだと4時間ある。単純に考えただけでも、私なら、オンラインを選ぶ。


直接先生の影響を受けたいとか、ライバルの空気を感じたいとか言うのであれば、そもそも、予備校で頑張って勉強して意味があるのか・・と思う。これと同じような事だが、対面で教育をする必要がどこまであるのかだ。

多くの講師が直接の価値を言う。だが、私も長年、社内外で、教育をしてきたが、教育そのものの本質を考えたときに、参加者全員に成果が上がる訳ではない。

企業サイドから見たら、公平な人事評価と連動して、社員教育をしています。というのは大切だ。ただ、実際やったからと言って、コストや労力の割には、成果は上がらない。


なぜならば、組織の上位20%は、教育の機会があろうとなかろうと、教育のスタイルが対面であろうとオンラインであろうと、自主的に学ぶことができるからだ。残りの60%には確かに影響があるかもしれない。どうしようもない20%は別として。だが、パレートの法則にあるように、20%の人が全体の80%の成果を出す。これは人類そのものの法則でもあると思う。


こういう風に考えていくと、いいまで、対面でしかできなかったことで、オンラインに置き換えても、さほど生産性や効果が変わらないものも意外と多い。

で、本題に戻るが、オフィスワークを在宅でしたらどうなるか、こちらも同じで、上位20%では

生産性は上がる。しかし、残りは、プラスとマイナスが作用して、マイナスの方が大きくなるだろう。普通の人は、やはり、周りに見られている感覚や、競争相手がいる実感が、仕事をはかどらせる原動力になっているのだから。

 

そうすると、人がしていたその役割を、何か創る必要がある。それは結局、オンラインとデジタル技術の仕組みになるであろうことは疑う余地はない。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

株式会社ブレインワークス 代表取締役 近藤昇