昔の自分、今の自分、未来の自分

マイセルフ。

長渕剛さんの結構昔の歌だ。

もう10数年前のこと、元社員とカラオケに行った時、退社した元アシスタントの彼女が熱唱していた。とてもさっぱりした凛とした女性だったが、その歌いっぷりが今も脳裏に焼き付いている。一緒に聞いていた会社のメンバーも、意外な彼女の選曲に驚いた様子だった。

最初は、長渕剛さんの歌をカラオケでよく歌う私に合わせてくれたのかと思った。


以来、私は、マイセルフがお気に入りだ。

やりたい事とやりたくねえ事が思いどおにいかなくて・・・

特に、このフレーズが好きで、今でも何度聴いても身に染みる。この歌の、とにかくまっすぐ生きたいという切実なる想いにとても共感するのだ。


私ぐらいの年齢になってくると、子供の頃の自分はどうだったかを振り返る機会が多くなってきたように思う。その頃は、生きるというのはなんとなくしか感じていなくて、その日のことだけを考えて日々を過ごしていたと思う。

人生が始まったばかりで、この永遠に続きそうな日々を、目の前のことだけを考えて生きていたと思う。


自分が何者か、どんな性格か、何を大切にしているか、こんなことも考えた記憶がない。誰かに負けたくないとか、目立ちたいとか、全く意識になかったと言えば、嘘にはなるが、自分はなんとなく、主役じゃないポジションの人なんだとずっと思っていた。


高校受験の頃になって、周囲の流れに乗って、進学校に進むことを選択し、そして、入学した高校で、いきなり、大学の受験戦争が始まった。

まわりは、県下から集まったエリートばかり。そのクラスで一年生の時、年中感じたことは、劣等感。

こんな世界はとても合わないと思いながらも、親しくなった友だちの関係維持のために、それなりに勉強した時期もあった。


そうこうしているうちに、3年になって、受験する大学を決める時期がやって来た。周囲は、1年の頃から目指していた難関大学に入学するために、一心不乱に勉強していた人が多かったと思う。受験勉強が近づくにつれて、緊張感が漂っていくのがあった。

これは、きっと、受験を経験すればだれでも味わう事だと思う。


そんな中、私が考えていた事は、どこかの大学に入れたらいいやということと、神戸に興味があったので、そこに住みたいという想いが高まっていった。

無事に大学に入っても、目的意識も持たず、社会に関心もなく、たまたま仲良くなった友人たち10人ぐらいで、毎日のように麻雀をし、パチンコをしていた。アルバイトはそれなりにしながら、遊びの軍資金にした。

行動範囲も狭く、下宿していた街と大学の往復だった。と言っても、2年になってからは、大学にすらいかなくなったので、毎日遊んでいたというのが正しい学生生活の思い出である。


時代背景もあったが、こんな感じで20歳ぐらいまで過ごしていた私が、なぜ、起業して、今の様な活動をしているかというのは、自分でもよく分からないところがある。


とは言え、その理由を考え続けた日々でもあった。特に、10年ぐらい前から、生きる意味、生きる目的、せっかく生きているのだから、楽しいことをしようと言うのは日々強まってきた。


しかし、自分自身が本当は何をやりたかったのかは、子供の頃を振り返っても分からない。

ただ、感覚的には、マイセルフの歌の通りなのである。

この歌は、私が30代半ばの時の歌なので、私が青春時代にはなかった。

この歌を知ったのが10数年前。子供の頃、自分がどうしたかったのかが、今は、この歌に表現されているように思っている。


以上

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株式会社ブレインワークス 代表取締役 近藤昇