なぜ日本人は具体的な話しが好きな人が多いのだろうか

具体的な話しと抽象的な話し。

どっちが好きですか?

どっちが得意ですか?

最近、こんな話題を人に振り向けたくなる。


きっかけはアーキテクト思考という本を読んだことだ。帯には書いてある。

思考を抽象化すると。


私はこの表現がとても好きだ。

いちおう、建築の世界でも仕事しているので、アーキテクト=建築士というのがベースではあるが、実際、このアーキテクトという言葉は幅広く使える。

この本でもITに関することも書かれているが、ITの世界では、随分前からアーテクチャーとい言い方は当たり前化されている。


私もすでに長年仕事している。もちろん具体的な話しもちゃんとできる自信はある。なぜなら実際に現場仕事をすれば、ほとんどすべてが具体的な仕事だし、経営計画にしても具体的に書かないと役に立たない。

また、どんな素晴らしい企画でも夢踊るようなアイディアでも、これを実行するとなると当たり前のようにプロジェクトになり、そして綿密な予算書と実行計画を作成して、プロジェクトを遂行する。こんな風に、具体的な仕事力が仕事ができるかできないかのバロメーターであるのは疑う余地のないことである。


しかしながら、今の日本はどんな人と話しても、次のような思考回路に支配される人が多い。

例えば、私が単なる構想話(場合によっては妄想話)を好んでしている場でも、それで具体的には?と聞き返してくる人がいる。

もちろん社外の人であれば、礼儀をわきまえて返事をするが、正直、失望感が漂う。


具体的な話しをメインにする必要があるときは、そもそも、質問されなくても具体的な話しを中心にする。


一方で、抽象的な話、つまりアーキテクト的な話しをするときは具体的な話しは邪魔なのである。


たいていの場合は、キャリアが長くなればなるほど、経験が豊富になってくる。当然、勝ちパターン、成功パターンも自然と身につく。

これは、つまり、失敗を避けるということでもある。日本全体で言えば、様々な問題や課題がある国ではあるが、それでも世界の中で見れば、一流の恵まれた国である。

こういう状態のビジネスはできるだけ失敗しない方向が具体的な話しになる。目先で成功する企画や実行計画が中心になる。


もちろん、こういうことを真摯に実行できる社員が中心の会社が多いので、しっかりと調和が生まれる。これは悪いことではない。

しかし、こういう会社では抽象的な話しができる人は、経営のトップぐらいしかいなくなる。他は全員が具体的な話しなら任せてください。の組織という事になる。


世の中は今、変革や改革を求める。

誰が求めているのかと言えば、誰か特別な人のようにも思えるが、私は日本人全員ではないかと思う。つまり、変革とは必ずしも進化することではない。必ずしも効率化ではない。元に戻すことでもある。昔を思い出すことでもよい。


がむしゃらに前進する時代は終わった。少なくともこのやり方は限界があるのは分かった。しかし今までは成長ありき、進化ありきでの具体的なことを中心に組み立ててきた。いきなり、抽象的なことをいわれてもということだと思うが、私は今、日本は変わり時だと思っている。


まとまりがないかもしれない。意見が対立するかもしれない。とても、実行計画には落とせないかもしれない。でも、全世代誰でもが理解できる話は出来る。抽象化とはそういう事だと思う。


具体化しすぎると結局、この道何年のベテランやその分野の専門家の世界になり視野が狭くなり、思考が硬直化する。


私は、具体的なことがいらないと言っているのではなく、抽象的な思考回路と切り替えることが出来ればベスト。だが、それはなかなか難しいので、抽象化思考ができる人が活躍できる機会や仕事を創ろうと思っている。

また、そういうことが身につく学校も始めようと思っている。それが創める学校である。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇