自分がゆかり(縁)のあるところで仕事する楽しみ

淡路島は昔、徳島だった。

このことを知っている人は地元の人以外ではすくないと思う。


そういう私も、正確に知ったのは、ほんの数年前だ。江戸時代は、阿波藩であり、廃藩置県で兵庫県になった。

淡路というのは阿波への路という意味があるそうだ。なるほど納得だ。

淡路島は古事記に登場する国生みの物語でも有名だ。神話によると日本列島の最初にできたのがおのころ島だ。

今でも、おのころという名前にちなんだ地名や公園が随所にある。


私は徳島出身で、今は神戸に長年住んでいる。

そういう関係で、淡路島は余りにも身近である。

数年前からのご縁で、南あわじ市との関係が深まってきた。

南あわじ市は市町村合併で新たに生まれた市で、淡路島の南側である。徳島の鳴門と南あわじ市の間には、鳴門海峡がある。

今は、鳴門海峡大橋で結ばれているが、私が子供の頃は、淡路島は文字通り島で、船で渡るしか方法がなかった。ちなみに、淡路島の北側は、神戸市との間に、明石海峡大橋が開通したことによって、阪神間と四国は陸続きになった。


私は、徳島への帰省や仕事で、何度もこの淡路島を通っている。

文字通り、通っていることが多く、たいていは通過するだけに終わる。最近、改めて淡路島のあちこちを訪れてみて、この島の魅力をたくさん発見した。


最近は、人材大手の企業が本社を移転するという事で、話題にもなっている。


実は、私の会社も南あわじ市にワーケーションの拠点を開設した。南あわじ市の津井という地域で、人口は1300人強の小さなところである。

小高い山と瀬戸内海に囲まれた穏やかな農村である。ここは、約400年前から、瓦の街として有名だ。


私は数年前から、淡路島で活動するなら、南あわじと決めていた。淡路島は、どの場所も魅力的ではあるのだが、私が徳島出身ということもあり、徳島と一体感があり、しかも鳴門海峡や鳴門海峡大橋を共有する南あわじでの活動がベストの選択だった。


コロナ禍がなければ、実は、ベトナム人経営者の視察団を徳島、南あわじ市、神戸のルートでの訪問も決まっていた。


私達は、新興国ベトナムなどの地方と日本の地方を結びつける、つなぐ活動を長年行って来た。今回は実現には至っていないが、今後、時期が来れば実現しようと思っている。


この南あわじの特徴は、食糧の自給率が100%を超え、農業が盛んな自治体である。漁業ももちろんあり、瀬戸内海や紀伊水道に囲まれた豊かな漁場が沢山ある。そして、林業。

まさに一次産業の集積地でもある。


私の関与している会社に自然産業研究所がある。農業、漁業、林業を軸に、自然産業として定義して自然資源を循環型で有効活用しようという健全なビジネス活動である。


南あわじ市の津井を基点に、ワーケーションとともに、自然産業の発展のためのモデルとなれるような様々な取り組みを行う予定である。このブログでもその活動の様子は随時発信しようと思っている。


以上