多文化共生時代のシニアの役割とは

先日、8月8日、第2回目の人生100時代フェスタを開催した。

オンラインのフェスタとしては、5月5日に続いての開催となった。

私の提起したテーマは、

“多文化共生時代のシニアの役割とは”である。


オープニングトークとして、少し、私の考えをお話した上で、いつものメンバーでフリートーク。

朝の8時にスタートしたフェスタは夕方まで続いた。

今回も様々なシニアの方を中心に老若男女ユニークな人たちのスピーチやトークで盛り上がった。


このフェスタは、視聴していただいている方にも好評だが、開催している私達にも学びや刺激になり大きなメリットがある。


普段ではつながることのない方々が、トークセッションでつながる。

また、普段距離的にも会えない人たちが、共有の想いとテーマで情報交換や意見交換をする。


まだまだ、日本の高齢化社会の課題は、部分的、画一的で世代間や地域間で分断されがちだ。特に若い人たちは、日常生活の中で、高齢者と接する機会が昔に比べると減ってきていて、日本の高齢化社会に対して他人事感が強まっている。


実際、大学生と話していても、年齢的には遠すぎて、シニアの存在や価値、どういう生活スタイルかなど、なかなか想像するのも難しいそうだ。


今の学生はネットには慣れている。そういう世代だから、デジタル世代とも言われることも多い。一方、シニアはITやネットがなかった時代が長かった分、基本はアナログ指向だ。


今、シニアになってITを使いこなす人も一部に入るが、そういう方だとしても、やはり、直接会うことを重視する。


多文化共生時代とは、日本が高齢化・少子化の中で必然的に訪れた外国人との共生社会の時代とも言える。コロナ禍で、外国人の入国は一時的にブレーキがかかっているとはいえ、少し先を見たら、日本の今の生活や社会の仕組みは、新興国の若者の力を借りなければ成り立たない。


単に、都合よく、そういった労働力を一時的に使わせてもらう時代は、そろそろ終わりに近づいている。

すでに多くの新興国の若者が、日本の地方でも頑張っている。留学生といえども、何らかのアルバイトをしている人も多い。トータルでみたら、ほとんどの新興国の人達は、何らかの労働で日本の社会生活の基盤を支えている。


その地方は、言うまでもなく、都市部よりも高齢化が急速に進んでいる。

極端に言えば、地方は高齢者と新興国の若者たちが中心となり、生活したり働いたりするところに変わってきている。しかも、これは、10年、20年続く。


地方の方々の中には、日本人だけのコミュニティを維持していきたいと考える人もいる。変化を嫌い、いいまで通りを望む人がいることも、地方を訪れると実感する。

一方で、開放的なグローバルな考えで、せっかく日本に来てもらっていて、自分たちの生活基盤を支えてもらっていることに自然と感謝の気持ちを抱く人も多い。


新興国の人達は、短くて2年、今や長くなると10年を越える人もいると思う。

そういう彼らに、せっかくの日本で生活する機会を思いっきり楽しんでもらって、満喫してもらいたいと私は思う。


そのためには、地方の主役のシニアの方たちと、新興国の人達の交流や接点をもっと増やすことが大切だと思う。

コロナ禍があけて、地方の活性化を海外からのインバウンドだけに頼っているようでは、何も教訓とならない。現実的な部分を直視すれば、目先のことだけでなく、中長期的に海外の人との交流や信頼関係の構築が大切であることに気づく。


それこそ、ローカルからグローバルへというつながりができると思う。一昔前に、世界目線のグローバルと地域目線のローカルを掛け合わせたグローカルという表現が流行りかけた。


今こそ、人と人のつながりが基点になって、地方から世界に、世界から地方にの両面でグローカルが拡がればよいと思っている。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇