危機管理下のオリンピックを純粋に観ていて思うこと

オリンピック史上、初めての事態での開催となった東京オリンピック。

かつて、100年ほど前に、感染症の中のオリンピックはあったようだが、少なくとも今の私達には青天の霹靂で想定外だ。


こういう巡り合わせが、日本にやってくるとは、なんとも日本は不思議な国だとつくづく思う。

中止の議論も散々あったが、開催した事実が大切なのだと思う。

もちろん、中止したらしたで、それなりの教訓ともなったかもしれないが、全ての物事は二者択一だ。オンリンピックもすでに終盤、次はパラリンピックと続いていく。


私事で書くと、私は、去年の9月からTVを観るのをやめたので、今回もネットの速報と新聞記事ぐらいで、オリンピックを楽しんでいる。

選手個々の名前を挙げたらきりがないくらい、一人一人のドラマがある。金メダル候補が思わぬ予選落ちがあったり、新星の金メダリストが登場したり。

私は、スポーツとは限らないが、こういう人間模様を感じて共感するのはとても好きだし、自分の糧にもなる。

人生はずっと順風満帆な人はいない。

長い人生で、不本意なことも起る、不幸なことにも遭遇する。


今回のオリンピックにしても、もし予定通り開催されていたら、参加選手の顔ぶれも変わり、当然、メダリストも違う人になった可能性はある。

少なくとも、2年前までは誰もが予想しえなかったことだ。


今回のメディアの報道について、面白いと思ったのが、選手村についてだ。

選手からクレームが出ているというネガティブな情報もあったりしたが、掃除も行き届いた日本のサービスの良さや街の美しさが選手たちには好評のようだ。


今回、外国から来た選手たちは、日本が初めての人が多いだろう。

私も、新興国の人達との付き合いの中で、日本が好かれる理由はよく理解しているつもりだ。


日本は美しくて便利で人にやさしい。

今回も選手たちや関係者にそれを実感してもらえたなら日本としては十分なのではないか。


オリンピックはどうしてもビジネス化されたり政治利用されたりする部分は否めない。

通常でもこれだけの規模のスポーツ大会をするには相当な費用と協力者が必要だ。そういう部分はあるにしても、やはり、選手たちの闘いは純粋だと思う。


話は変わるか、私は、20年以上前だったと思うが、オリンピックにプロが出ることが話題になった頃、とても違和感があった。本業として、スポーツの種類によっては、相当な収入がある人達が参加して、純粋なスポーツ大会といえるのだろうかと?

今回も、サッカー、テニス、野球、そしてゴルフなど、色々とプロの参加があった。

オリンピックがアマチュアの集まりとして行った場合と、プロも含めてすべての選手が競う、世界最高の大会とするのかがはっきりして良いと思う気持ちもある。


例えば、野球で考えて、アマチュアの最高峰の大会とするのと、プロが出るのとでは次元が違う。

少しすっきりしない気持ちはあるものの、プロで参加した人たちの国を背負っての戦いぶりを見ていると、賞金稼ぎではないスポーツの純粋さを改めて実感する。


しばらくは、この東京オリンピックの開催の賛否は続くだろうが、危機管理など様々な意味で少なくとも人類史上初のトライをしたという意味では、日本のこれからの役割は大きいと思う。


日本だからこの時期にできたオリンピックとして語り継がれるようにするために、世界の中での私たち一人一人言動も大切になってくると思う。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇