偶然を楽しめた方が人生はより充実する?

偶然を自分の人生に肯定的に受け入れられるだろうか?

皆さんはいかがでしょうか?


偶然とは反対の意味で連想しそうなのが、計画的ということではと思う。

計画を無視して、思い付きで何かするということが、偶然を楽しむということでは決してない。


人間には色々な特性を持った人がいるので、どのタイプが良い悪いではない。

何事も段取りを用意周到にして、計画通りに事を進めないと気が済まない人もいる。

こういうタイプの人は、仕事の適材適所で考えれば、PDCAをきっちり回す仕事やプロジェクトを納期通り収める仕事に最適である。


また、世の中にはルーティンワークという呼び方があるように、定型的な仕事を継続的に毎日行う。こういう仕事もあり、会社としてもチームしてもこういう仕事をこなす存在は不可欠な役割である。


一方、何もないところを果敢にチャレンジして、海外マーケットを開拓したり新規事業を創造したりする仕事もある。

実に、世の中には様々な仕事があるが、基本的には、仕事は計画的にするのが常識だと思う。私も、会社経営に限らず、どんな仕事でも段取り重視派である。


ところが、人生というものが計画通りにいかないように、仕事も計画通りに行かないのが世の常である。計画については、突発的なことや、想定外の事が起こった時、経験があれば、対処も比較的しやすい。


そういう意味では、リスク要素に対して、あらかじめ予見しておくとか、まさかの事態が発生した時の対処方法を考えておくとか、仕事レベルが高いところで考えれば、これも計画的であると言える。

だから、仕事での偶然というのは、スキルが低い人にとって起こりやすい。

要は、計画的に対応を考えられることでも、スキルが低ければ、偶然なことが進んでいるように思う。


したがって偶然にも色々とあって、仕事スキルが低いと、理由が分からないけど、たまたまうまくことがある。結果オーライというのを偶然の産物としている間は成長がない。 


私は人生における偶然は確率だと思っている。

だから、どんなタイプの人にも必ず偶然は発生している。ただ、それを肯定的に受け入れるか?そうでないかによって、人生の楽しみ方は変わると思っている。


例えば、人との出会いで考えると分かり易い。

私の周りでも沢山こういう話題はあるし、私自身にも四六時中起こっている。


たまたま飛行機の横の席になった。

たまたま新幹線の席を間違えて、話が始まった。

こんな話は他にも沢山ある。


前者は、隣の席に誰が座るなんか予想して予約する人はいない。だから、そもそも、隣の人は当人にとって全くの偶然の人である。


しかし、隣同士になっても何もコミュニケーションが発生しないことが大多数だろう。毎回、発生したら大変だ。

しかし、ひょんなことは起るものだ。

自分のイヤホンジャックが壊れていて、貸してもらうとか?運ばれてきた食事を手渡してあげるとか?


これが居酒屋であれば、もっと、機会は増える。酔っ払ってくると店のお客さん全員が友達感覚になったりする。ただ、その日、その店に来ている人達は、偶然の集まりに過ぎない。


後者については、自分が間違えるケースと相手が間違えるケースの二通りある。 

映画などにもよく出てくる設定だ。ここで道を間違えなければ・・、ここで電車に乗り遅れなければ・・。

映画のシーンとして切り出すと、すごくレアなケースになってしまうが、こういうちょっとしたミスから発生する偶然の出会いは世界中で山のように起こっている。

私は、こちらも確率だと思っている。


結局、偶然のように見えるが、自分次第でその後は変わる。自分が何もしなければ、しばらくすると記憶からも消える。自分がそれを楽しもうと思えば、そのことが印象的に記憶に残る。必然に変わるのである。


例えば、二人が結婚したのは、あの時、たまたま・・・があったからだよね。というのはエピソードになりやすい。そう考えると、人間は、そういうドラマチックな出会いを本能的に求めているとも言える。もちろん、人のタイプにもよるが。


こういうたまたまは、仕事の世界でも似たことがある。よくヒット商品の裏話などでも出てくる。

ノーベル賞でもたまたま想定外のことが起って、発見につながったとか。

こんな風に考えてみることも楽しい。


人生は良い意味でも何が起こるか分からない。だから、偶然を楽しむ方が、人生を豊かに充実できる機会により多く遭遇できるかもしれない。こんな感じが良いのではないかと思っている。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇