SNS全盛の時代の人間関係はどう変わってきたか

人生で、馬の合う人だけと過ごせたらどれだけ幸せかと思う。

だから、私はビジネスにおいて、“何をするかより誰とするか”を口癖にしている。


しかし一方で、人として成長するためには、馬が合わない、自分とはそりが合わない、考え方が対極にいるような人との接点も大切である。


反面教師という意味も少しは含まれているが、もっと大きく言えば、色々な人がいるのが人間の社会である。理想的な仲間だけ集めても結局、温室育ちになるし、井の中の蛙になる。


その人が何を人生の目的にするか、仕事であれば、どういう働き方で何のために働くかなどの価値観によっても違うが、すくなくとも類は友を呼ぶ世界だけでは、成長はおぼつかない。


今、世界中がSNSという人類の新発明のしくみによって、どんどん、つながっている。


一昔前であれば、一度、音信不通になってしまえば、なかなか、その人ともう一度コンタクトすることは難しかった。ところが、SNSでつながっていると、リアルな場での接点が何らかの要因でなくなっても、ネットの世界でつながっている状態である。

よっぽど意図的に断ち切らない限り続く。ある意味、スッキリしない変な人つながりがネットの上に残ったままになっているとも言える。


仕事の人間関係というのは移ろいやすい。

一方でプライベートな人間関係はあまり変動することはない。例えば学生時代の友達はいつまでも友達だ。もちろん、だんだんと会う機会は減っていくが、目まぐるしく人がつながったり出会ったり離れたりする時代でも、学生時代のつながりは、結構固定的なつながりだ。変動といえば、あとは、結婚して相手方のつながりが加わるぐらいだろう。


仕事の世界の人のつながりは儚いとも言える。

例えば、お客さん。20年前の重要顧客とは縁がなくなったところもあれば、続いているところもある。もちろん、企業経営の効率からいえば、生涯顧客化がベストだが現実はそう甘くない。色々な要因で、年々、一定割合で顧客は減っていく。


また、社長とのつながりにしてもそうだ。私も仕事柄、数多くの社長と接点を持ってきた。15年前に結構頻繁に会っていた社長でも今は全く連絡していない人もいる。


馬が合わなかったのかと考えてもみるが、必ずしもそうでもない。その時々のお互いのタイミングもあるし事情もある。逆にいうと出会いもセレンディピティだが、離れるのもセレンディピティの感もある。


あと、社員とのかかわりも28年も社長をしていると多くなる。少なくとも私が創業したので、いままでかかわった社員、元社員とも私がきっかけで出会ったといっても過言ではない。当たり前の話だが、いまも付き合いが続いている人、まったく音信不通の人もいる。

これが、平均的なSNSがなかったころの人とのかかわり方だった。


ところが、今はかなり様相が変わってきた。

少なくとも、コンタクトを直接取っている訳でもなくても、SNSを介して複雑につながっている状態での人間関係が存在していることに気づく。


昔から、悪いことをしていたら、どこかでつながっていて、必ず自分に返ってくる。こういうような話を親に教えられていたように思う。


私は、今は人間関係の見える化が劇的に進む一歩手前だと思う。また、SNSは過渡期のプラットフォームだと考えている。


それでも、この一度つながってしまったSNSの世界から自らの意志で離れない限り、人生でつながった(正確に言うとSNSで意図をもってつながった人)人とのつながりは、ずっと続くわけである。


このことを感覚的にわかっている人はまだ少ない。だから、SNS上でも節操のない振る舞いをする人が増えてきたと思う。近い将来、つながりの見える化がもっと進めば、もっと健全な人間関係が生まれてくるように思っている。

ようやく、正々堂々とオープンに生きている人が楽になる時代が近づいてきたと思う。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇