先行き不透明だからこそ、楽しみも増大する今日この頃

人間には色々なタイプがある。

今日は、単純に2つのタイプで考えてみる。


一つは、安定志向で平穏無事な日常を好む人。

もう一つは、何か変化を期待して、混沌とした中から一つでも自分で生み出したいと思うタイプ。


極端な分け方だが、コロナ禍が世界で長引く中で、普段お付き合いしている人達との会話を大雑把に分類すると、この2種類ではないか?


後者は、少数派で、日本だと10%にも満たないと思うのだが、私は自他ともに認めるこちら側である。


まあ、この年になると、様々な年齢層や職業にしても多くの分野の人と関わっていて分かるが、どこの世界も大抵この2つに分かれる。後者を自由人と呼ぶことも多いと思う。


戦争中のことは私には遠い過去の話だし、戦後の高度経済成長も実際に体感したわけではない。例えば、東京であれば、関東大震災、戦争での荒廃の様子などは、時々読み物などで知ることはできるが、やはり、実感として湧かない。


だから、1962年生まれの私にとって、人生の中で、これだけ先行きが分からない時間を過ごすのは初めてである。


この前、ふと考えてみた。

仮に今大学生だったら、どうしているだろうか?


社会のことも全く無知だったし、極端に言えば、その日暮らし族だった私が、このコロナ禍に遭遇していたら、何を思っただろうか?


想像することはなかなか難しいが、こんなことを考えていると、今の若者の行動も分かるような気がする。自分たちに関係がない。という気持ちになってしまうのもやむを得ないかも・・・


今度は、別の想像をしてみる。

私が今起業したタイミングなら、世の中をどういう風に見るだろうか?


仮に31歳の創業時の感覚で今の事態に遭遇していたら、どう考えただろうか?

今ほどは、世の中の事を知らない。世界の事も知らない。しかし、日本もIT活用やDXで騒がしい。


今は、業種によって明暗が分かれている。

コロナ禍のなかで、追い風の業種を選択するだろうか?逆風の選択をするだろうか?


私は、性分的に逆風の業種に大きな変革のチャンスがあると思うタイプなので、迷わずこちらを選択すると思う。


また、自然回帰の勢いも加速するばかりだ。

言い換えれば、地方が主役になるビッグチャンスだし、大都会への集中も終止符を打って欲しい。狭いと言ってもとても広い日本国内で、好きなところに住んで好きなところで働く。自分の故郷を大切にして、自然と触れ合う時間を創る。


こんなことに多くの人が、あこがれを持ちながらも、心の中では思っていそうなことは何か?


そうは言っても、元に戻るのではないだろうか?

いや、気持ちはそうでも、結局は日本人はコロナ禍前と変わらない生活や働き方を選択するのでは?こんな感じの雰囲気や疑心感が漂っている。


だから私は、最近、会う人会う人に、口癖のように言っている。劇的に日本は変わりますよね。そういう想定外の日本になってほしい。

私は未来予言したいのではなく、日本が不安定になってほしいのでもなく、とにかく、日本が大きく変われそうなこのチャンスを逃したくない。


言い方を変えれば、私たちを縛っていた何かの評価や常識の尺度が一度通用しなくなる。価値観や人生観が変わる。こういうことが毎日どこかで誰かに芽生えている。


そうそう。やっぱり、人間らしい生き方、その中でも日本人としては日本人らしさを見つめなおす人達が増える。


その結果として、日本が経済大国ではなくなったとして、何か問題があるのだろうか?

これからの世界では、経済大国である価値観も変わるのは間違いない。


なかなか、一度はまった習慣や思考からは脱却できないもの人間である。

だから私自身も、いざという時には、シャープでクリアーな決断をしようと思う。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇