実践と学びと理論とのバランスを如何にとるかを考える

理論より実践。

私が経営をするにしても、仕事をするにしても、プライベートでも常に心がけていたいことだ。


特に経営をしていると、理論側に偏ったり、実践側に偏ったり、正直、行ったり来たりのところはある。

やってみないと分からないのが経営の本質であるが、一方で、計画なき実行ではリスクは増大するばかりで、パフォーマンスも悪い。


永遠のジレンマの中で、行きつくところは、結局は如何にバランスが取れるかである。

しかも、このバランスをとるのは、やはり一朝一夕ではいかない。


特にこの1年は、移動などの従来当たり前だった時間が別で使えるようになった。

今のところ、私は、学びに使っている。そうすると理論的には少しは進歩してくる。


そういう自覚と満足感が出てくると、今度は、実践力はどうなのかとふと気になってくる。

特に、オンラインで仕事すると、それまでのアナログ的現場感のような実践の感覚が薄れる。


この1年は、そういう意味では、多くの人にとっても同じようなことではないのだろうか?

学びの時間が増えるということは、一義に考えると、とても良いことである。


しかし、一方で、知り過ぎる。考えすぎる。結果、日本中に理論先行型の人が増えてくるのではと心配している。


日本は、もともと、慎重に考えて行動する人が多い。

ものにはよるが、本来、起業等はもっと思い切ってやってみるべきだ。子どもの教育にしても、安全運転ばかりでは、将来が大変だ。

リスク察知力の醸成やチャレンジ精神は子供の頃に育むのがベストであると考えている。


私は、ビジネスの現場では、“分かると実践できるの違い”について、以下のような尺度で考えていて日本やベナトムの社員教育でも伝えてきた。


分かると出来るは1:10ぐらい難しい。出来るを習慣化するのは1:10は難しい。

それをチームでするのは更に1:10難しい。

だから分かるとチームで継続して実践できるのは1:1000ぐらいであると。


10数年前のベトナムの特徴は、ビジネスでの実践の場が乏しく、学び先行であった訳だ。勤勉な国で有名でもあるが、大学の卒業生などはそれなりに真面目に学んでいる人が多い。


そういう意味では、40年ぐらい前の日本ではないだろうか。新卒で多くの学生を採用して、一緒に仕事してきた。その時の印象は知識や理論はしっかりしている。だが、実践経験がないので、なかなか、会話がかみ合わない。


そいうことを何年も一緒に経験して、如何に実践の場を創っていくかを痛感した。

今のベトナムは新興企業も成長して、一気に実践の場が増えてきた。それでも先進国体験があるベトナム人経営者は言う。まだまだ、経験不足であると。


一方、新興国と比べると、日本は、実践力はあるし、経験は豊富だ。しかし、それはすでに過去のものになりつつある。


少なくとも高度経済成長期の実践力はあまり役に立たない。経営環境にしても生活環境にしても全く別世界である。

今は、日本国内の特徴というよりも、世界中共通に変わっていく。


今、ネットで手軽に沢山の情報を好きな時に入手できる。だから、耳年増が増殖するし、にわか理論派がどんどん増える。


やはり、これからの日本には、知識や理論が少々かけていても、実践していく人が必要だ。

混沌として先行き不透明な中、手探りでも前進する力が必要ではと、痛感している今日この頃である。


私自身も、この1年、それなりに理論武装できる時間が取れた。そろそろ、超実践派に戻るべきタイミングだと思っている。

それは走りながら考える。とうことである。

どのみち、考えても間に合わないほど、変化が速い時代でもある。


以上

近藤昇オフィシャルサイト

ブレインワークスグループ CEO 近藤昇