SDGsをきっかけに日本は生活者も企業もグローバル視点になれるか

SDGsがあっという間に、
経営者の間では常識になってしまった。
 
このブーム、日本人らしいと言えばそれまでだ。SDGsの詳しいことは他に譲るとして、CSR活動は長年取り組んでいた企業も多かったので、乗り換えが早かったのも実情だと思う。
 
すぐにブームになるということは、熱しやすく冷めやすいと言うことだ。
是非、日本企業はSDGsに本気で継続的に取り組んでほしいと思う。
 
CSRは、企業の社会的責任を問うものであり、この意味では、ほとんどの会社がドメスティクな発想でCSRに取り組んできたと思う。なぜならば、日本の大半の企業にとって、社会と言えば日本国内である。
 
一方、国連が定めたSDGsは言うまでもなく地球規模が前提だ。社会の健全化の前に地球の健全化を目指すスローガンであると考える。
 
ちなみに、私の会社の経営理念は、
“地球、人、社会が健全であり、BWGも健全であること”であり、かつこの順番に意味がある。
 
 
 
コロナ禍で現代人も多くの試練を経験し多くのことを学びつつある。
すでに過去のブログでも書いた。この試練は、
“世界は一つであること”と“人間らしさ”を見直す絶好の機会にできると確信している。
 
私の経営者仲間の多くが、目の前のことだけではなく、自分だけのことでもなく、未来のこと、地球全体のことを優先して活動されている。
本当に心強い。もっともっと、このような活動とつながりをダイナミックに世界に拡げていこうと考えている。
 


 
そういう意味で、 
企業活動だけでなく個人の生活においても、地球との共生を考える必要がある時代がやってきていると思う。
 
私たち生活者一人ひとりが〝もったいない精神〟を持ち、地球の資源は有限であり、だからこそ地球資源から得たものは出来るだけ地球に戻す意識と行動が大切になる。
 
食糧に関しても日本の食品ロスの問題は知る人はまだ少ないが、実はとても深刻な問題である。
 
日本は農業の問題を抱えながら、一方で食糧の3分の1は捨てているとてもアンバランスな国なのである。
 
また、世界的な平均寿命の劇的な伸びは嬉しいことであるが、反面、自然な人口増と相まって地球と人間にとって深刻な問題でもある。
 
ちなみに、2065年には世界人口が100億人を超えると予測されている。すでに70億人を超えた段階で、世界は食糧問題を継続的に抱えているのである。これからの地球全体の食糧確保はとても深刻なのである。
 
この問題に限らず、人間の生活そのものが地球環境の破壊につながり地球資源の浪費を加速する。今までのような人間の生活で、地球にダメージを与え続けるなら、予想より早く人類が住めなくなる。
 
人間がだけが地球にダメージを与えてきた存在であるが故に、私たち一人ひとりが責任をもって地球との共生を考えて生活する必要がある。
 
SDGsは企業が旗振りをしているだけでは、自ずと限界がある。企業は常に社会的貢献と経済的価値の両立のジレンマで迷走する。
 
特に、最近のような経営環境が激変する時代の経営者のかじ取りは極めて困難だ。
上場している企業などは目の前の業績を第一優先にせざるをえない。誰が良い悪いではなく、そういう仕組みだからいかんともしがたい。
 
そもそも、産業革命以来、構築してきた経済メカニズムは、地球を痛める仕組みが多過ぎる。例えば、先進国が消費する商品は、貧困国からの搾取が基点になっているケースもある。
 
健全なサプライチェーンを地球全体に張り巡らすことが出来なければ、所詮はSDGsは絵に描いた餅である。
 
産業廃棄物の問題もそうだ。新興国発展途上国は、先進国の中古品を欲している。彼らの生活のためだ。その結果、先進国のゴミをそれらの国に捨てている構図にもなってしまっている。
 
今までの先進国の考え方は、自分の敷地内だけを見て生活してきた。敷地を一歩出れば、別の世界としてきた。すでに地球全体を自分の敷地として考えて、暮らしていかないといけない時代である。
 
企業が変革して生活者が変わるのではなく、生活者が変わることによってのみ、企業は変革の可能性が生まれる。
 
第一歩として、生活者に必要なことは、正しいことを知り、理解することである。
今、エシカル消費が密かなブームになっている。地球環境にやさしい、地球と調和する生活だ。ただ、まだまだ少数派の活動だ。
 
そういう意味では、生活者の学びのプラットフォームが不可欠である。特に重要なのは子供たちの教育だ。今の大人が教えていては迷走させるだけである。
 
以上